
Pigeon Post - TAKUMA IWASHIGE 岩重卓磨: text|MIWA EGUCHI 江口美和: text|AIKO SHIMAZU 島津愛子: edit, design
posted on March 14, 2017
► 女子フィギュアの進化を急速に押し進めるジュニア勢
シニアGPシリーズに先駆けて開幕したジュニアGPでは、フィギュアスケートが更なる新時代へと加速している様を実感させられる、衝撃的な演技が相次いだ。
第1戦に登場したロシアのアリーナ・ザギトワは、ショート・フリーで実施する計10回のジャンプを全て、10%のボーナス得点が付与される演技後半に組み込んだ。その前代未聞のアグレッシブな構成は人々を驚かせた。3ルッツ+3ループ等の高難度コンビネーションを含む全てのジャンプを成功させ、最大限の後半ボーナスと共に高得点を獲得し、ジュニアデビュー戦を優勝で飾った。
紀平梨花も今季ジュニアデビュー。シーズン開幕前からニュースで3アクセルの成功映像が流れ、人々の期待が高まっていた中、満を持してシリーズを迎えた。3アクセルは1戦目では惜しくも転倒したが、2戦目で見事成功。ISU女子シングル史上7人目・日本女子4人目の3アクセルジャンパー誕生となった。同時にその他の3回転ジャンプも完璧に決め、女子史上初めてフリーで8本の3回転を成功させ、歴史に名を刻む快挙を達成した。
ジュニアGPでは、シニア勢も震撼させるような活躍を見せたロシアと日本が二強の独走となった。シリーズ全7試合の合計21個のメダルの内、20個をロシアと日本が独占。この2カ国以外のメダリストは韓国のイム・ウンスのみとなり、初めて北米勢がメダルに1度も絡まないシリーズとなった。
アリーナ・ザギトワ(14、ロシア)
PB(自己ベスト):総合 207.43|SP(ショートプログラム)70.92|FS(フリースケーティング)136.51
コーチ:エテリ・トゥトベリーゼ、セルゲイ・デュダコフ
SP『シェヘラザード』
FS バレエ『ドン・キホーテ』
紀平梨花(14)
PB:総合 194.24|SP 66.78|FS 128.31
コーチ:濱田美栄、田村岳斗、岡本治子、キャシー・リード
SP『ツィガーヌ』
FS『Rhapsody in Blue』
選手紹介:
GPリュブリャナ杯FSでは女子初の「6種8トリプル」の完全成功者となった。フィギュアスケートのジャンプは6種類あり、同じジャンプは2種類各2本までしか入れられない(ザヤックルール)。FSに7回あるジャンプに、アクセルを含む全種類の3回転ジャンプを最大本数入れ、なおかつ回転不足やエッジエラーもなかったということになる。ジャンプだけではなく、濱田美栄氏門下生らしい美しいスケートや所作も併せ持つ。今後女性らしい艶やかさが出てきた時にどのような"色"を持つかが楽しみな選手である。未だ公式戦では成功していない3アクセル+3トゥループも持っている。
► 女王不在のファイナルを制したのは|女子ジュニア史上最高得点更新
ファイナルは、ディフェンディングチャンピオンであり今季もシリーズ2勝を決めたロシアのポリーナ・ツルスカヤが怪我で欠場、世界ジュニア選手権女王の本田真凜がインフルエンザで直前に棄権という波乱で幕を開けた。
女王不在の中で、存在感を発揮したのはザギトワであった。今大会でも計10回の後半ジャンプをほぼ完璧に成功させ、ショートとフリーで女子ジュニア史上最高得点をマーク。総合207.43点のハイスコアで圧勝した。ジュニアはフリーに基礎点2点のコレオシークエンスがないことを考えると、シニアでもトップクラスの高得点であり、現在のハイレベルな女子ジュニアを象徴する存在となっている。
銀メダルは同ロシアのアナスタシア・グバノワが獲得した。グバノワも今季ジュニアデビューながら、シニア並みの質の高い滑りで魅了し、演技構成点でも高い評価を受けた。ショートでこそミスが続く試合が多かったがフリーでは強さを見せ、ファイナルでマークしたフリー133.77点の自己ベストはザギトワに続く女子ジュニア歴代2位のスコアとなった。
銅メダルには坂本花織が食い込み、ロシアの牙城に一矢報いた。
ジュニアGPファイナル順位:
1位 アリーナ・ザギトワ(14、ロシア)207.43
2位 アナスタシア・グバノワ(14、ロシア)194.07
3位 坂本花織(16、日本)176.33
4位 紀平梨花(14、日本)175.16
5位 エリザヴェータ・ヌグマノワ(14、ロシア)170.08
アナスタシア・グバノワ(14、ロシア)
PB:総合 194.57|SP 65.43|FS 133.77
コーチ:アンジェリカ・トゥレンコ
SP『白鳥(サン=サーンス)』
FS 映画『ロミオとジュリエット』
► 熾烈な日本の世界ジュニア代表争い
高い身体能力による圧倒的な質の高難度ジャンプを誇る坂本は、全日本ジュニア選手権で優勝し世界ジュニア選手権代表内定に一番乗りした。一昨季に全日本ジュニア2位と好成績を残したが、昨季は右足脛の疲労骨折のためにシーズン前半の10~11月に練習出来ないという辛い日々を過ごした。その分、スケーティングやスピンの強化、陸上や水泳での体幹強化、関節の可動域や表現力を広げるためのバレエレッスンに努めたという。「攻めていける」とみなぎる今季は、本田らを抑えたGP横浜大会を皮切りに、西日本ジュニア選手権、全日本ジュニアと順位に「1」を並べた。GP横浜大会では得点発表で涙を流していたが、最近では自信の表れか堂々とした雰囲気も醸し出し始めている。宮原知子の代役となるはずだった冬季アジア大会は、現地入りしながらインフルエンザで直前棄権。2年振りの世界ジュニアで、ジャンプに加え、磨いてきたスケーティング等がどのような評価を受けるか楽しみだ。
一方で、GPシリーズや全日本ジュニア予選では絶好調のまま高得点を連発し、全日本ジュニアでも活躍が期待された紀平は、大会直前の怪我が影響し本調子からは程遠い滑りとなり11位で大会を終えた。シニアの全日本選手権への進出はならず、世界ジュニア代表の座につくことは叶わなかった。紀平のシーズンベストは、女子ジュニア世界4位で日本女子ジュニアの最高得点である。その紀平ですら世界ジュニアに出場出来ないという事実が、現在の日本女子ジュニア勢の層の厚さを物語っていると言えるだろう。
世界ジュニア日本代表には、坂本、本田、白岩優奈の3名が選出された。
本田は、幼い頃から指導する濱田美栄コーチから「勝とうと思って勝てるタイプではない」と評されている。ジュニア最高峰のタイトルを手にして迎えた今季は、追われる者の難しさからかショートとフリーを揃えられず、シルバーコレクターに甘んじることが続いていた。本田が拠点とし、多数の世界ジュニア代表を輩出する関西地区は有力選手が多く、国内大会から坂本や白岩や紀平らと争い、比較されてきた。試合と体調不良がぶつかることも続き、GPファイナルをインフルエンザで棄権した直後の全日本ショートでノーミスの演技が出来、ようやく安堵の表情を見せた。全日本ではジュニア勢トップの4位に入り、日本女子一番手として世界ジュニアに臨む。濱田コーチから「1人でも多くファンを作るつもりで」と送り出され、伸びやかに演技した結果、優勝を手にした世界ジュニアから1年。同じ舞台で、今度はどのような本田真凜が見られるだろうか。
白岩は、シーズン開幕直前の4月に左足の脛骨を骨折し、2ヶ月間氷上で練習が出来ないという厳しい状態からシーズンに突入した。影響は大きく、シーズン序盤のGPシリーズではミスが続きファイナルに進出出来なかった。秋になり調子が上がり始めたが、全日本ではショートでスピンの最中に衣装の手袋がタイツのフックに引っかかるという不運があり、2つのエレメンツが0点、17位と出遅れた。だがフリーでは怒涛の巻き返しを見せ、フリーの順位は今季のシニア世界選手権代表となる宮原知子・三原舞依・樋口新葉に割って入る3位となり、持ち前の勝負強さで世界ジュニア代表の座に輝いた。今季は好不調の波があるが、良い時に見せる演技には底知れぬものがある。
坂本花織(16)
PB:総合 187.81|SP 65.66|FS 122.15
コーチ:中野園子、グレアム充子
SP 映画『アーティスト』
FS 映画『カラーパープル』
選手紹介:
高い身体能力を持つジャンパー。昨季後半は怪我に苦しみ、持っている力に比べ目立った活躍が出来なかったが、今季はその身体能力を如何なく発揮している。坂本の強みは何と言っても幅・高さ・流れと三拍子揃ったジャンプ。高難度である3フリップ+3トゥループの質は世界でも指折り。今季はスケーティングが飛躍的に向上しており、よりジャンプに着氷後の流れをもたらしている。FS映画『カラーパープル』は昨季からの持ち越しだが、スポーティーだった坂本のイメージをガラリと変え、女性らしい優しい風をリンクに吹かせるようになった。最後の2アクセルは、ジャッジ前でそのまま弧を描くような素晴らしい着氷で必見である。
本田真凜(15)
PB:総合 192.98|SP 66.11|FS 128.64
コーチ:濱田美栄、田村岳斗
SP『Smile』
FS 映画『ロミオとジュリエット』
選手紹介:
天性の華と表現力、同時に高いスケート技術を併せ持つ稀有な選手。タレント性は、氷上から人の目を惹きつけて離さない彼女の魅力のひとつと言える。昨季世界ジュニア優勝以降は一般メディアから注目を集めるようになったが、「新しい"アイドル"選手だろう」と斜に構えて見ている人も、一度本人の演技を目の前にすれば、なぜ本田がここまで取り沙汰されるか納得するだろう。間違いなく天才のひとり。動きがシームレスで、調子の良い時はジャンプすら飾りのように思わせる、一つのプログラムを流れを持って見せることが出来る選手。デコルテからの腕の動きが美しい。
白岩優奈(15)
PB:総合 186.80|SP 62.51|FS 124.29
コーチ:濱田美栄、田村岳斗、岡本治子
SP『I Got Rhythm』
FS ミュージカル『リトル・ナイト・ミュージック』
選手紹介:
昨季彗星のように現れた天才のひとり。アイドルのような可憐な顔立ちをしているが、「怪我も実力のうち。言い訳になるから、良い結果が出るまで他言しないで欲しい」とコーチに頼んだというアスリートらしい強さも備える。10種の3回転+3回転ジャンプの驚異的なバリエーションを持っており、アクセルを除く全ての3回転に+3トゥループまたは+3ループを付けられるという。それを体現したのが昨季の全日本選手権。予定構成からするとリカバリーとなる後半の3ルッツ+3トゥループ+2ループには会場が湧いた(女子では3ルッツ+3トゥループ自体が大技)。ジャンプコンビネーションの多彩さは何より白岩の強みであり、試合中にジャンプミスがあっても構成を再構築しやすい。現時点では技術点先行型だが、演技構成点の成長次第では五輪代表選考で伏兵になる可能性がある。
► 世界ジュニアの展望
注目される最強ロシア女子の世界ジュニア代表は、2月のロシアジュニア選手権により決定された。ファイナルで優勝し、シニアのロシア選手権でも世界の強豪を抑え2位に入ったザギトワは、好調そのままにロシアジュニア選手権でも完勝し、文句なしの代表入りを果たした。
2位にはスタニスラワ・コンスタンティノワが食い込んだ。今季は浮き沈みのある戦いとなっている。ジュニアGPの1戦目で2位に入ったものの、2戦目ではミスが目立ち4位と失速し、届きかけたファイナル出場は目前で逃した。シニアで出場したISUチャレンジャーシリーズ・タリン杯では、高得点をマークし優勝。その後シニアとジュニアのロシア選手権で2試合連続となる200点台を叩き出し、プレッシャーのかかる大舞台でノーミスの演技を見せ代表の座をもぎ取った。上り調子の中で迎える世界ジュニアでは、ロシア勢の中でも異彩を放つ、ジュニアながら体幹を大きく使った力強い表現が発揮されるだろう。
ファイナルとロシア選手権を怪我で欠場していたツルスカヤは、今大会に調整を間に合わせ3位となり、3枠目の代表に滑り込んだ。ツルスカヤは、172cmの長身から繰り出される高いディレイドジャンプ(空中で回転の前に間を持たせる、ジャンプ加点要件)と圧倒的迫力の表現力を武器に、ジュニアデビューから世界に衝撃を与えている。これまで出場した国際大会全てで優勝し続けている、ロシアが誇る逸材だ。しかしながら怪我に悩まされることも多く、優勝候補として迎えた昨季世界ジュニアも直前で欠場となった。ジュニア最高峰である世界ジュニアの舞台で、本調子のツルスカヤの躍動する姿が大いに期待される。
今季ジュニアデビューながらもGPシリーズ2勝・ファイナル銀の結果を残した実力者のグバノワは、ミスが響き7位となり代表の座を逃す結果となった。
日本に負けず劣らず熾烈な代表争いを勝ち抜いたロシア代表は、全員が世界ジュニアの優勝候補筆頭として日本勢の前に立ちはだかるだろう。今大会のロシア代表3選手は、来年に迫る平昌五輪の出場資格も有している。世界最難関のロシア女子五輪代表争いの中に来季加わっていくためには、今大会での活躍が最短ルートの突破口となりそうだ。
スタニスラワ・コンスタンティノワ(16、ロシア)
PB:総合 186.97|SP 64.38|FS 123.12
コーチ:ヴァレンティナ・チェボタレワ
SP バレエ『白鳥の湖(チャイコフスキー)』
FS 『Vai Vedrai(シルク・ドゥ・ソレイユ アレグリア より)』
ポリーナ・ツルスカヤ(15、ロシア)
PB:総合 195.28|SP 69.02|FS 128.59
コーチ:エテリ・トゥトベリーゼ、セルゲイ・デュダコフ
SP テレビドラマ『ゲーム・オブ・スローンズ』
FS『February』
日露の二強独走状態のジュニアGPシリーズで唯一風穴を開けた韓国のイムは、圧巻の演技でシニア韓国選手権初優勝を遂げた。飛距離のある3ルッツ等の質の高いジャンプ、スピード感のある力強いスケーティング、そして情感溢れる表現力は、同国の大先輩であり五輪金メダリストのキム・ヨナをも彷彿とさせる。今大会の台風の目となるポテンシャルを秘めている選手のひとりだ。
イム・ウンス(14、韓国)
PB:総合 173.21|SP 63.83|FS 111.03
コーチ:チ・ヒョンジュン
SP『Besame Mucho』
FS ミュージカル『ミス・サイゴン』
シーズン後半にかけて調子を上げてくる北米勢の巻き返しもあるだろう。
シニア同様、史上最高の世界選手権となること必至の女子ジュニア。世界のライバル達に対し、百花繚乱の個性と勝負強さを誇る日本勢が連覇を懸けて迎え打つ。
Pigeon Post ピジョンポスト(テキスト:岩重卓磨 日本人選手紹介:江口美和)