
Pigeon Post - TAKUMA IWASHIGE 岩重卓磨: text|MIWA EGUCHI 江口美和: text|AIKO SHIMAZU 島津愛子: edit, design
posted on March 14, 2017
► 明暗分かれた序盤戦
昨季の世界ジュニア選手権で優勝したイスラエルのダニエル・サモヒンがシニアに移行し、銀メダルを獲得したカナダのニコラ・ナドゥー、銅メダルのアメリカの樋渡知樹らの活躍が期待されていたが、シーズン序盤は予想外の展開となった。
ナドゥーは、怪我の影響でISUジュニアGPシリーズ2戦共に欠場を余儀なくされた。12月にはISUチャレンジャーシリーズ・ゴールデンスピンにシニアで出場。武器である美しい3アクセルは決めたが、本調子とまではいかず11位となった。
樋渡は、ジュニアGPシリーズ第1戦に登場。優勝候補と見られていたがジャンプの調子が振るわず6位となり、初戦にしてファイナル進出の可能性は断たれてしまった。結局、2戦目の派遣もなくシーズン前半戦を終えることとなった。
シーズン序盤に昨季の世界ジュニアメダリスト達が影を潜める中で、メダルに届かず悔しい思いをした選手達が存在感を見せシリーズで躍動した。
昨季世界ジュニア4位ロシアのアレクサンドル・サマリンは、4回転の質とジャンプ自体の安定性を格段に高め、シリーズ2勝を果たした。
昨季世界ジュニア7位韓国のチャ・ジュンファンは、日本大会で圧巻の滑りを見せた。今季から試合に組み込み始めた4サルコウを完璧に成功。その他のジャンプもほぼ完璧にまとめフリー160点台のハイスコアをもって接戦の日本大会を制し、急成長っぷりを世界にアピールした。2戦目も優勝し、こちらもシリーズ2勝でファイナル進出を決めた。
昨季世界ジュニア14位ロシアのロマン・サヴォシンは、今季4回転を習得し回転不足も改善させ、1戦目で優勝、2戦目でも3位となりファイナル進出一番乗りとなった。
昨季世界ジュニアで優勝候補ながら6位となり、最も悔しい想いをしたであろう選手のひとりがロシアのドミトリー・アリエフだ。今季はジュニア離れしたスケールの大きな演技に更に磨きをかけ、1戦目から高得点をマークし貫禄も漂う優勝でシーズンのスタートを切った。2戦目こそ失速し4位に終わるが、僅差でファイナル進出を果たした。
ファイナルの残る2枠は、昨季の世界ジュニアには出場していない選手となった。
アメリカのアレクセイ・クラスノジョンは、世界をあっと驚かせることをやってのけた。当時まだ誰も成功したことのない4ループに、1戦目のフリーで挑戦したのだ。惜しくも転倒し失敗となったが、2戦目でも再び挑戦。ステップアウトの着氷となったものの、世界で初めて4ループが回転不足なくプロトコル(採点表)に刻まれた。同大会で悲願のシリーズ初優勝も果たし、喜びを爆発させた。
もう1人のファイナリスト、ロシアのイリヤ・スキルダは今季ジュニアデビュー。まだ体は小柄で4回転や3アクセル等の高難度ジャンプはないものの、その他の3回転ジャンプは抜群の安定感を誇り、演技後半のジャンプに付与される10%ボーナス得点を最大限に活かした戦いを見せた。結果2戦共に2位となり、見事ファイナル進出を果たした。
アレクサンドル・サマリン(18、ロシア)
PB(自己ベスト):総合 236.52|SP(ショートプログラム)81.08|FS(フリースケーティング)160.93
コーチ:スヴェトラーナ・ソコロフスカヤ、アレクサンドル・ウスペンスキー
SP『Come With Me Now (by Kongos)』
FS『Maybe I Maybe You (by Scorpions)』
チャ・ジュンファン(15、韓国)
PB:総合 239.47|SP 79.34|FS 160.13
コーチ:ブライアン・オーサー
SP 映画『コーラスライン』
FS 映画『イル・ポスティーノ』
ロマン・サヴォシン(17、ロシア)
PB:総合 222.37|SP 72.98|FS 154.27
コーチ:アレクセイ・チェトベルヒン
SP『Bella Ciao』
FS 映画『Smuga Cienia』
ドミトリー・アリエフ(17、ロシア)
PB:総合 240.07|SP 81.37|FS 158.70
コーチ:エフゲニー・ルカヴィツィン
SP『オブリビオン』
FS 映画『仮面の男』
アレクセイ・クラスノジョン(16、アメリカ)
PB:総合 223.60|SP 75.10|FS 148.50
コーチ:ピーター・ケイン、ダーレーン・ケイン
SP『別れの曲』
FS バレエ『ロデオより4つのダンスのエピソード』
イリヤ・スキルダ(14、ロシア)
PB:総合 208.28|SP 69.32|FS 138.96
コーチ:エテリ・トゥトベリーゼ、セルゲイ・デュダコフ
SP『Mr. Bojangles (by Robbie Williams)』
FS 映画『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・アメリカ』
► 男子ジュニアの多彩な戦術
女子ジュニアは、シニア同様"ショートで高難度の3回転+3回転・フリーで7本の3回転ジャンプ"の構成が上位陣の標準装備となっている。一方で、今シリーズの男子ジュニアでは多彩な戦い方が見られた。大技の4ループを組み込むクラスノジョンや、サマリンのようにフリーで4回転と3アクセルを2本ずつというシニア並みの構成を組む選手達もいれば、スキルダのように3アクセルはなくとも質の高い3回転の加点と後半のボーナスで着実に点数を積み重ね、表彰台へときっちり上がってくる選手達の活躍も見られた。
ファイナルでは、アリエフが4回転を1本だけ取り入れつつシニアに匹敵する大きな滑りを見せ、他選手とは一線を画す高い演技構成点の評価を受けて初優勝。高難度のジャンプ構成をしっかりとまとめて滑り切ったサマリンが2位。4回転とその他の要素のバランスの良さが光る演技を見せたチャが3位となった。
ジュニアGPファイナル順位:
1位 ドミトリー・アリエフ(17、ロシア)240.07
2位 アレクサンドル・サマリン(18、ロシア)236.52
3位 チャ・ジュンファン(15、韓国)225.55
4位 ロマン・サヴォシン(17、ロシア)212.39
5位 アレクセイ・クラスノジョン(16、アメリカ)208.85
6位 イリヤ・スキルダ(14、ロシア)207.11
► 急成長を遂げる日本男子
ジュニアGPファイナル進出こそ叶わなかったが、今季目を見張るような急成長を見せたのが友野一希だ。ジュニアGP1戦目でいきなり自己ベストを30点以上更新すると、2戦目ではついにシリーズ初の3位表彰台に上った。その勢いのままに全日本ジュニア選手権でも初優勝を果たし、世界ジュニア代表に選出された。2年連続の代表であるが、補欠から急遽直前に出場が決まった昨季とは異なり、今季は全日本ジュニアの「チャンピオン」、日本男子のエースとして本大会に臨む。
世界ジュニア代表2枠目には島田高志郎が選ばれた。今季は成長期で一気に手足が伸び、変わる体に苦労しているようだが、3ルッツまでの演技では安定感が増し、全日本ジュニアではショートとフリーを揃えて初の世界ジュニア代表を勝ち取った。ジャンプ構成は昨季とあまり変わっていないが、平均点数は10点ほど上がっており、今季は選手としての評価が一段上がったことが窺える。
「3アクセルを入れて失敗しても200点を超える」ことを現在の目標としているものの、世界選手権同様、世界ジュニアは個人の結果だけでなく来季の同大会の国家としての出場枠を決める大会でもある。2月の全国中学校スケート競技会で挑んだ3アクセルを、世界ジュニアに組み込むかは状況次第だという。
全日本ジュニアの3位には須本光希が入った。今季は3ルッツ+3トゥループをフリー後半に組み込んでおり、ジュニアGPでは2試合共に昨季自己ベストを20点以上更新する190点超えをマークしている。今季の世界ジュニア日本代表は2枠のため代表には選出されなかったが、須本もまたジュニアGPで初の3位表彰台に入る活躍を見せた。
友野一希(18)
PB:総合 212.04|SP 68.96|FS 145.57
コーチ:平池大人
SP『交響曲第5番(ベートーヴェン)』『The Fifth (by David Garrett)』
FS ミュージカル映画『巴里のアメリカ人』
選手紹介:
幼い頃から「近畿のショーマン」として知られた友野。天性のダンスセンスに加え、昨季からは3アクセルと4サルコウという高難度ジャンプを手に入れた。出発当日の練習で怪我に見舞われ代表辞退した山本草太の補欠として、前大会の世界ジュニアに出場。重責を果たし、エキシビションで人気を博した。今季は、昨季の国際大会で「自分に足らない」と痛感したというスケーティングを向上させ、ジャンプに幅・流れが出るようになった。もはや得意とも言える3アクセルは、加点要件を身に着け重要な得点源となるだろう。年長者としてジュニア世代を引っ張っていく責任も口にするようになった。FSミュージカル映画『巴里のアメリカ人』は友野の明るさと向上したスケーティングを見せる正統派のプログラム。
島田高志郎(15)
PB:総合 203.29|SP 70.48|FS 132.81
コーチ:長沢琴枝
SP『Art on Ice (by Edvin Marton)』
FS 映画『ロミオ+ジュリエット』
選手紹介:
表現力に定評がある選手。少年男子では表現することを恥ずかしがる選手もいるが、島田には臆するところがなく、今季FS映画『ロミオ+ジュリエット』は瑞々しいティーンの恋と疾走感を感じさせる。フィギュアスケートアニメ『ユーリ!!! on ICE』の主人公に扮して作中のプログラムを完コピし、拠点リンクの発表会で披露するというエンターテイナーでもある。スケートのために、出身地の愛媛県松山市から通年リンクのある岡山市に移住した。明るく愛らしい笑顔で人気が高いが、早くから地元を離れたこともあってか中学生らしからぬ落ち着いた思慮深さも持っている。
3アクセルや4サルコウを組み込んだ試合ではまだ安定感を欠くため、演技構成点で一定の評価がある島田には、それらの高難度ジャンプを成功させ技術点を伸ばしていくことが今後の目標となるだろう。
須本光希(16)
PB:総合 195.74|SP 65.11|FS 130.63
コーチ:大西勝敬
SP ミュージカル映画『雨に唄えば』
FS『ピアノソナタ第8番(ベートーヴェン)』『悲愴』
選手紹介:
一昨季まではほぼ無名と言ってもよかったが、昨季3ルッツ+3トゥループ、3フリップ+3トゥループという高難度コンビネーションを習得すると瞬く間に安定させ、ジュニアからの全日本選手権推薦まで獲得した。マイペースな性格と評される。一昨季全日本ジュニアに初出場しフリー最終組に残った6分間練習で、年上の選手やノービス時代から既に有名な選手達に混じり、飄々淡々と自分の練習をしていた姿が印象深い。羽生結弦の大ファンとしても知られており、FS『悲愴』はかつての羽生のSPを思い起こさせるもので、「もう羽生から衣装を借りればいいのでは」という声も出るほどである。
技術点は安定し、トランジション(技と技の間の繋ぎ)にも向上が見られるものの、演技構成点の中でも表現面の項目で点を伸ばせず、それが今後の課題と言える。年末の全日本選手権ではジャンプミスもあり力を発揮しきれなかったが、1月の冬季国民体育大会の演技からは"外"に向けた須本の素直さや自然体の明るさが伝わり、殻を破り始めているようだ。
► 優勝の行方を占う世界ジュニア代表選手 カナダ・アメリカ・ロシア・韓国
年が明けて強豪国の国内選手権が幕を開けた。
先陣を切って行われたカナダ選手権では、ナドゥーがシーズン序盤の怪我からの復活を見せた。大技4ループにも果敢に挑戦し、ジュニア勢トップの4位に入り、世界ジュニア代表となった。昨年の銀メダルからより美しい色のメダルを目指す。
今季は体の急激な成長に伴い調子を落としていたが、実力者のロマン・サドフスキーもカナダ代表に選ばれた。得意のスピンをはじめ定評のある演技の美しさは、男子ジュニアの中でも際立った存在だ。まだ安定感には欠けるものの4サルコウと3アクセルも習得しており、成功させれば一気に上位に食い込むポテンシャルがある。2年連続GPファイナリストの、大舞台での復調が期待される。
ニコラ・ナドゥー(19、カナダ)
PB:総合 224.76|SP 79.54|FS 150.86
コーチ:イヴァン・デジャダン
SP『For Me... Formidable (by Charles Aznavour)』
FS『エルビス・プレスリーメドレー』
ロマン・サドフスキー(17、カナダ)
PB:総合 221.21|SP 74.66|FS 149.25
コーチ:ブライアン・オーサー、リー・バーケル
SP『Exogenesis Symphony Part 3: Redemption (by Muse)』
FS 映画『ロミオ+ジュリエット』
全米選手権では、樋渡がシニアで出場するも、ジャンプのミスが目立ち世界ジュニア代表から外れることとなった。波乱の中快進撃を見せたのは、ジュニアGPシリーズではファイナル進出を逃した、昨季世界ジュニア5位のヴィンセント・ジョーであった。怪我でのブランクを乗り越え完全にマスターした感のある4サルコウを次々に成功させると、並み居る強豪を抑えネイサン・チェンに次ぐ2位に食い込んだ。シニア世界選手権の代表選出もあり得る順位であったが、世界ジュニア代表としてジョシュア・ファリス以来のアメリカ勢4年振りの栄冠を狙う。
加えて4ループジャンパーでファイナルにも出場したクラスノジョン、4回転と共に類稀なるスケーティングを魅せるアンドリュー・トルガシェフがアメリカ代表に選出。強力な布陣が出来上がった。
ヴィンセント・ジョー(16、アメリカ)
PB:総合 226.39|SP 80.53|FS 145.86
コーチ:タミー・ギャンビル
SP『Writing's on the Wall (by Sam Smith)』
FS 映画『カサブランカ』
アンドリュー・トルガシェフ(15、アメリカ)
PB:総合 204.91|SP 73.48|FS 139.44
コーチ:アルチョム・トルガシェフ、カーティス・チョルノピスキー
SP ミュージカル『ノートルダム・ド・パリ』
FS『Bohemian Rhapsody (by Queen)』
強豪国の中では最後に開催されたロシアジュニア選手権では、11位までの選手が男子ジュニアとしては大台とも言える200点を超えた。ハイレベルな争いを制したのは、ファイナル優勝のアリエフ。満を持して悲願の世界ジュニアタイトルに挑む。
ロシアジュニアの2位には、今季シニアGPシリーズに参戦していたアレクサンドル・ペトロフが入り、代表の座を掴んだ。ペトロフは、今季3アクセルまでの3回転の決定率と質がぐっと増し、シーズン通して安定した演技を見せている。世界ジュニアでも完成度の高いパフォーマンスが期待される。
ロシア代表3枠目にはサマリンが選出された。ロシアジュニアには出場しなかったが、ファイナル2位の成績をはじめ、シニアのロシア選手権でも2位に入り欧州選手権出場を果たした実績が考慮される形となった。ロシアもまた強大な布陣で世界ジュニアを戦う。
アレクサンドル・ペトロフ(17、ロシア)
PB:総合 232.21|SP 76.95|FS 157.08
コーチ:タチアナ・ミーシナ、アレクセイ・ミーシン
SP『火祭りの踊り(バレエ 恋は魔術師 より)』
FS『Chicago』『I'm Gonna Live Till I Die』
また、世界ジュニアのディフェンディングチャンピオンであるサモヒンも今大会に出場する。サモヒンは、今季シニアデビューを果たしたが、彼もまた成長に伴う体格変化のためか、得意の4回転ジャンプが安定せず苦しいシーズンを送っている。1月の欧州選手権ではスケート靴がロストバゲージに遭い、急遽別の靴を手配するもジャンプのタイミングが完全に狂いSP33位で敗退という苦汁を味わう結果となった。この雪辱も果たすべく、世界ジュニアの舞台でサモヒン本来の力を発揮し2連覇を目指す。
ダニエル・サモヒン(18、イスラエル)
PB:総合 236.65|SP 83.47|FS 165.38
コーチ:イゴール・サモヒン
SP『Delilah』
FS『The Illusionist (by Maxim Rodriguez)』
かたや、ジュニア勢でアリエフに次ぐ2番目のシーズンベストスコアを誇るチャも虎視眈々と頂点を狙っている。
まさに群雄割拠、優勝候補乱立のエキサイティングな展開が予想される世界ジュニア男子。世界のライバル達の壁は厚いが、友野と島田の急成長シーズンの締めくくりとなる集大成を大いに期待したい。
Pigeon Post ピジョンポスト(テキスト:岩重卓磨 日本人選手紹介:江口美和)