by OKKO THE PIGEON GUILLEMOT 海鳩オッコ
thanks to: NORAYA ノラヤ (NAHO YAMAMOTO) for our "beloved" green pigeon
posted on Feb 15, 2016
演技後のキス&クライを見ているとき、「このコーチ、よく見るな⋯」と思うことはありませんか。
今の時代、選手たちはワールドワイドに拠点を移動して、さまざまな技術を新たに磨いていきます。しかし、それでも何となく感じるのが「国」のカラーです。
それぞれの国の傾向とはどういうものなのか、そして今活躍目覚ましいチームの技術のアドバンテージはどこにあるのか。若松詩子先生に、見方の深まる"ツボ"を教えていただきました。
► 【カナダ】
氷に吸い付くスケーティング指導と
明るいチャレンジ精神を注入
カナダの選手は明るくて迫力があり、元気をくれるようなスケーターが多いですね。総じてユニゾンが良く、元々リフトが上手な印象がありましたが、最近は総じて良くなっています。プログラム構成が上手で、取りこぼしが少なく感じます。
その中で、モントリオールのリチャード(・ゴーチエコーチ)のチームがすごく活躍しています。私も現役の時に習っていた先生です。昨季世界チャンピオンとなったデュハメル/ラドフォード組(カナダ選手権5連覇)は、ベテランの年になっても向上心があり、4回転にもトライ。ユニゾンの質の良さも上がってきています。彼らはコーチに、表現力の方でももっと頑張らないと本当のトップにはたどり着かないと言われたそうです。コーチにも強い向上心があって、相乗効果で前へ進んでいく部分もあるのでしょう。
今は多くのチームがそうなっていますが、リチャードのチームも振付のジュリー(・マルコット)やスケーティング指導のシルヴィ(Sylvie Fullum)といったアイスダンス出身のコーチがいて、いろいろな目で見て指導をしています。シルヴィは私に、ユニゾンを持ちながら、きれいにだけではなく力強さも出すスケーティングを教えてくれました。指導は厳しかったですが、ペアだけでなくシングルにも通じるような、氷に吸い付くようなスケーティングの技術です。他にもいろいろな専門の先生がいて、リチャードやブルーノ(・マルコットコーチ、デュハメル選手の夫でもある)が総合的に見ているのでしょう。ルールや採点傾向にも敏感で、いろいろなスペシャリストに聞いたりしながら情報をアップデートしています。こういうところも生徒にはありがたいですね。
ジュリーの振付は、モントリオール以外の選手にも人気になってきました。彼女はエネルギッシュで、いつも元気をくれる先生。音楽の盛り上がるところにリフトを合わせたり小さなリフト(ダンスリフト)もアクセントで入れたり、ダイナミックさを出して緩急をつけるのが上手です。また、「理想的なスケートはこれ」と押し付けず、選曲も選手の意見を取り入れ、個々のペアらしさやパーソナリティを大切にします。
ペアに転向したての選手の活躍も目立ちます。自分のことを思い返しても、やはり周りに良い選手がいる環境というのは、ビジュアルで感じ取ることが多く「私にもできるかも」と思えるのが大きいです。それだけではなく、最初は陸上でリフトなどの練習をしますが、少しやって形になってきたらリチャードが「OK、じゃあリンクでやってみよう」と(その流れが)結構早いんです(笑) 驚きはするけど、スタッフがきちんとしているので安心感を持ってトライできます。技術の細かい指導をしっかりしているから、新しく始める選手も入りやすいのですね。
► 【ロシア】
クラシックバレエの国に息づく芸術性
ベースに無駄のない技術をしっかり
ロシアの組はベーシックなスケーティングを大事にしている印象です。一つ一つの動作の姿勢がしっかり伸びていて、無駄のない綺麗なスケーティングをしています。ペアをやる前、シングルの時からスケーティングの力をつけ、元々の基礎がきちんとした選手がペアになってさらに磨かれるという印象ですね。ジャンプでも体幹の部分、お腹から腰にかけて真っ直ぐな軸を作れるので、例えばスロー(ジャンプ)で投げる時に軸がズレて斜めになっても、戻して着氷をするといったことが可能になります。また、ロシアはクラシックバレエの大国でもあり、バレエやダンスの先生たちに芸術面や小さいリフトなどを教われる環境です。
今のロシアはニーナ・モゼルコーチの門下、やはりヴォロソジャル/トランコフ組(ソチ五輪金メダリスト)の存在が大きいですね。2人ともバンクーバー五輪シーズンまでは違う選手とペアを組んでいましたが、その頃からそれぞれ素晴らしい選手で、ペア選手としての形ができていました。だからと言って、実力があって完成された選手同士が組めば良いペアになるというわけではないのがペアの難しさですが、この2人はファーストイヤーからバッチリうまくいくだろうと思わせました。ヴォロソジャルの前のパートナー(スタニスラフ・モロゾフ)がコーチングスタッフに入っていたのもよかったのでしょう。
この頃の彼らは、技術面は絶対におろそかにしないけれども、それを超えた所、芸術の域で演技している感じがします。サイドバイサイド(SBS)のジャンプは、普通は各々跳び方の癖が出るものですが、この2人は癖がないというか、癖すら同じというくらい入り方から出方まで同じジャンプです。ツイスト(リフト)やスローも幅や高さがあり、かつ綺麗なポジション。エレメンツができるのはもう当たり前で、さらにそこから芸術面で細かい所まで詰めてきます。演技の前、リンクに登場する時から物語に入っている。最初から素晴らしい身体と技術を持っていて、それをモゼル先生の所で磨いたからもっと上に来られたのでしょう。
このチームにはもう一つ素晴らしい組、ストルボワ/クリモフ組(2015年ISUグランプリシリーズ・ファイナル金メダリスト)もいます。この2人を初めて見た時、特にストルボワのスケーティングの能力がすごいと思いました。滑りもそうですが、スケートの技術と共に体の使い方、体のキレが彼女にはあり、磨いていったらすごい選手になるという予感がありました。ストルボワの着氷の流れは本当に素晴らしいです。片足で降りているのに、(ありえないことですが)「もう一度氷を押したのかな?」と思ってしまうくらい、降りた後に滑っていきます。
ロシアではタマラ・モスクヴィーナコーチが素晴らしいペアチームを輩出しています。昔から線の美しい綺麗なスケーティングを指導されていますね。川口/スミルノフ組(2015年ISUグランプリシリーズ・ファイナル銅メダリスト)は、ベレズナヤ/シハルリドゼ組(2002年ソルトレイクシティ五輪金メダリスト)を思い出させるような美しさがあります。また、今シーズン川口選手のヘアスタイルも変えてより一層新たな雰囲気になり、ベテランの美しさが一段とスケーティングに現れていますね。4回転スローも確率が良くなっていますので、パワーアップした2人の活躍がとても楽しみです。
► 【中国】
限界までトライするスロー!
最近は表現でもトップクラスに
中国は、ホンボー・ツァオコーチがチームの中心となり、特に芸術面が新たな雰囲気になってきたと感じます。振付をローリー・ニコルやデイヴィッド・ウィルソンに依頼して、さらに磨きがかかり、斬新な演技を毎回見るたびに驚いています。元々技術は上手ですが、例えばスイ/ハン組(2015年世界選手権銀メダリスト)などは身のこなしがとても上手になりましたね。スイ選手に女性らしさが増し、踊る気持ちが前面に出てきています。体格差が少ない2人ですが、練習量とタイミングでツイストやスローといった大技も(4回転にするまで)きちんとできます。長く組んでいるので、お互いのタイミング、ここで跳ばせるというのがよくわかっているのでしょう。
中国の選手のスローは特に、距離を出すために「かなり投げている」ように私には見えます。スローでどれだけ投げるかというのは、国というよりも先生の指導によってだいぶ異なる部分です。中国の投げ方は、一つ間違えて途中で開いてしまえば大怪我、というような勢いがあるものですが、女性もそれに耐えられるようしっかり技術をつけているのだと思います。また、ツイストは少し斜めに角度をつけて投げることで、より高く見せるように見映えを工夫しています。これもキャッチが難しくなるので技術が必要です。ツイストは男性が力任せで投げるだけでは高さは出ず、女性が押し上げる力も必要になるので、タイミングですね。ツイストといえばペン/ジャン組(2015年世界選手権4位)が上手ですが、ジャンが上手な上、(ジャンより13歳年下の)ペンも組み始めからそう指導されたのでしょう。ペアは男性に経験があれば女性はやりやすいですし、男性側も癖がないパートナーには教えやすいので、ペン/ジャン組のような年の差ペアもよく見られます。前はペンが引っ張られている印象がありましたが、今は表現面も上手になり二人の一体感がより一層増しました。
► 【アメリカ】
流れのあるツイストが描く放物線
リフトを綺麗に見せる女性の技術も
アメリカは今、シメカ/クニエリム組(2015年世界選手権7位)がダイナミックなツイストや、スムーズな良いリフトをしていると思います。彼らのコーチはダリラ(・サッペンフィールド)先生で、ここもアシスタントの先生(Laureano Ibarra)とチームで教えていると思います。
彼らも4回転ツイストを持っていますが、特に流れがあって距離が出るツイストです。中国選手は斜めに上げると言いましたが、彼らはしっかり真っ直ぐ上がっている。それでも高さが出て見えるのは、クニエリムの背が高いこと(188cm)、そして持ち上げ方・投げ方が上手いこと。さらにシメカのプッシュの仕方まで、2人のタイミングがしっかり合っているからこそできるものです。
シメカは手足が長く容姿に恵まれた選手ですが、特に背中がとても綺麗です。しっかりバレエなどで体幹トレーニングをしていると思います。それがリフトにも生きて綺麗に見えるポイントです。リフトの美しいポジションには、女性の柔軟性はもちろん必要ですが、ただ体が柔らかいだけでは持ち上げた後にふにゃっとなって、男性の回転に耐えきれず落ちてしまうんですね。上では体をしっかりと固めて自分で支えつつ、プラス美しく見せるためにはガチガチにならないよう、肩の力を抜いてバレエで使う動きを利用し、笑顔を見せるわけです。シメカはそういった所が特に素晴らしい選手だと思います。
► 【ドイツ】
帰ってきた女王が見せた
ベテランの心の強さ
アリオナ・サフチェンコがフランスのマソと新しくペアを組み、1年半のブランク(前所属国からのリリースの問題で試合に出場できなかった)からまた試合に戻ってきました。
今はコーチが変わりましたが、元々サフチェンコは長い間インゴ・シュトイヤーコーチの元で、ゾルコヴィと組んで世界のトップにいた選手です(世界選手権8年連続表彰台・優勝5回、バンクーバー五輪銅メダル・ソチ五輪銅メダル)。この2人はスケーティングの粘り強さがずば抜けていて、音の取り方も足の振付もうまくできます。いつも映画音楽を使って物語を大事に滑り、最初の高いスロージャンプで「わあすごい!」と強烈なインパクトを残すのが彼らのやり方だったと思います。また、この組はSBSスピンがとても速く合わせられる。いつ見ても一番だなと思っていました。
サフチェンコはベテラン域に入り、身のこなしも本当に綺麗ですが、それ以上に精神力が強いと思います。ソチ五輪で優勝できなかった後、引退という選択をせず、まだ目指すものが終わっていないという心を持てるところ。新しいパートナーとうまくいくかどうかはその時点ではわからないことでしたし、何よりペアは女性にとって体もきついスポーツです。結成後も、大会に出たいのに国籍問題があったり、コーチの問題もあったりと、練習に集中できるのかと思いましたが、素晴らしいパフォーマンスで戻ってきました。滑りもジャンプもダンスも、「トータルパッケージ」を持っている選手だからこそできたことでしょう。
► 【詩子先生の注目ポイント】
トップの戦いは、やはり休養前は敵なしというくらい強かったヴォロソジャル/トランコフ組。デュハメル/ラドフォード組が成長したので、どのくらい戦えるのか楽しみです。また、ストルボワ/クリモフ組やスイ/ハン組など中国組も成長著しく、どこがメダリストになってもおかしくないと思います。
演技面で心惹かれたのは、まずは中国のユー/ジン組です。とてもラインが綺麗なペア。今までのパワーが強い中国の雰囲気とは少し異なり、柔らかくエレガントで素敵なペアだと思いました。
もう1組、カナダのイリュシェチキナ/モスコビッチ組(2016年カナダ選手権3位)は、ペア界ではこれまでになかった組み合わせです。世界トップクラスペアスケーター同士の、ロシアの女性とカナダの男性が組むということで、どんな雰囲気のペアになっていくかとても楽しみです。ユニゾンにはもう少し時間がかかりそうですが、イリュシェチキナがアクロバティックな技ができ、小柄で柔軟性にも優れているので、モスコビッチもいろいろな技に挑戦していけそうですね。
☞ (若松詩子先生の生徒さん)市橋翔哉選手によるペア競技の紹介 (on J SPORTS)
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