
thanks to: SYNCHROPHOTO.EU for "emotive" photos, NORAYA ノラヤ (NAHO YAMAMOTO) for our "beloved" green pigeon
by AIKO SHIMAZU 島津愛子
posted on June 24, 2015
15年ISUシンクロ世界選手権(4月)は、ISUによりインターネットで生中継されました。ピョンチャン五輪への気運が高まりながらも、種目採用は見送られましたが、2022年に向かってシンクロ界の歩みは止まりません。今回は「シンクロをもっと応援」をテーマに、今大会の総評とここまでのシンクロ界の勢力図・日本のシンクロの現状や強化についてお届けします。日本のシンクロスケーターとして戦い世界のシンクロを15年間追い続けてこられた荻田美環さんにお話を伺いました。
辛い話を陽気に結ぶ荻田さん。突き抜けた明るさには、苦境を乗り越えられてきた強さとシンクロに懸ける信念が映えています。中盤に出て来る神宮アイスメッセンジャーズ2010年世界選手権フリー"医龍"は胸に刺さります。最後の木内千彩子選手(スウェーデン・チームサプライズ)のインタビューまでどうぞお付き合い下さい。
前回お送りしました木内選手の ☞「今すぐシンクロにアツくなれる」記事 も是非御一読下さい!
以下、荻田美環さん:
「東京女子体育大学」で世界選手権に5回出場。選手として初出場から現役引退後も今日まで、15年に渡り世界選手権を見続けている。2007年にアメリカの名門チーム「マイアミ大学」に留学。チームマネジメントを学び、帰国後の2008年4月に「チームグレース(日本シンクロナイズドスケーティングクラブ)」を代表者として創立。東京女子体育大学時代のチームメイトで、スウェーデンの「チームサプライズ」で世界選手権優勝経験のある星野有衣子氏をコーチに迎える。海外挑戦を経た若い二人が、日本に新チームを起した。2009年にグレースは「神宮アイスメッセンジャーズ」と合併し「神宮アイスメッセンジャーズグレース」を結成。現在は日本スケート連盟のワーキンググループでシンクロ強化に尽力している。
【シンクロ界の勢力図・15年世界選手権総括】
旧採点から新採点になり、オリンピック種目採用に向けてルールも目まぐるしく変わってきている中、シンクロに理解のある、シンクロの歴史を持った国々がトップチームを形成しています。
ロシアもシンクロに本腰を入れてきて、近年ではレベルの取りこぼしもなく上位争いに加わっています。
今大会も、トップ2チームは点差を10点くらい離しましたが、3位から6位までが5点差の中でひしめきあっているような熾烈な展開でした。例年そうなってきています。ルールにキャッチアップしているトップチームは、ベースバリューでの勝負を超えて、ミスの有無や『チームカラー』の違いで勝負する段階に入っていると感じます。そのチームの特色を活かした演技で攻めてきていますね。
☞ 15年ISUシンクロ世界選手権 ISU World Synchronized Skating Championships 2015 結果 Result|☞ 採点表 Judges Scores
各強豪国の特色
カナダ:スケーティング番長
フィンランド:シンクロの申し子
ロシア:国を挙げて結集した個の力
スウェーデン(=チームサプライズ):サプライズの鬼
アメリカ:エリート軍団
カナダは伝家の宝刀「アニーズ・エッジ」*と呼ばれる、世界一のスケーティングスキルを持ったスケート大国だと思います。
* 「Annie's Edges」カナダ人のアン・シェルター Anne Schelter 氏によるスケーティングメソッド。世界中のスケーティングクラブ・スクールで練習法として採用されている。シェルター氏は90年代にかけ、ISUのプレゼンテーションマーク(旧採点方式の演技構成点)の講習を担当した。2006年からはカナダのシンクロチーム・ネクシスのコーチングと振付に従事している。ネクシスは今大会6年振り2回目の優勝。
(今大会出場チーム成績:ネクシス NEXXICE 1位、シュープリームス Les Suprêmes 6位)
NEXXICE (Team Canada 1) ☞ 拡大 enlarge
フィンランドは、日本で子供が塾に通う割合でシンクロを習っているそうです。幼稚園生時から、まだ高等なスケーティングが出来ないながらも列や隊形を作るというシンクロのテクニックを身につけています。(加点要件となる)隊形のタイトさや隊形変化の速さ・難しさは、大きくなって身についたものではなく小さい頃に備わったものではないでしょうか。「後ろに目がついているんじゃないか」という感覚を持っています(笑)
——分かりやすい喩えです(笑) サッカーの強豪国のように、幼い頃からフォーメーションでやってきて、距離感・スピード感が備わっているんですね。
そうですね。例えば、誰か1人倒れた時の対応力は、彼らはハンパじゃないと思いますよ(笑) 日本人だと高校生や大学生の年代でゼロから教えていかなくてはいけないところ、8〜10歳でシンクロのテクニックが備わっています。
(今大会出場チーム成績:マリーゴールド・アイスユニティー Marigold IceUnity 2位、ロケッツ Rockettes 4位)
Marigold IceUnity (Team Finland 1)
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ロシアは、「シンクロ専用のリンクを建てた」と数年前に伺っています。国を挙げてシンクロにも取り組んでいると思います。それを裏付けるように、順位も上げてきていますね。身長も揃っていて、身体能力も高い。粒揃いの選手でチームが作られています。今大会でびっくりしたのは、支持なしのY字スパイラルで、後ろに組んだ腕に上げた足を通していたことです!(写真 パラダイスFS)「あ、ロシア人だな(笑)」と思って観ていました。
(今大会出場チーム成績:パラダイス Paradise 3位、タタルスタン Tatarstan 9位)
Paradise (Team Russia 1) ☞ 拡大 enlarge
Paradise (Team Russia 1) ☞ 拡大 enlarge
スウェーデンのサプライズ(Team Surprise 5位)は、「お客さんを驚かせる(surprise)」というのがチームポリシーだと思います。「ルールを超えたもの」を創る。今大会のショートも奇抜な発想でしたね。「今電話に出られないの、これから試合だから」というセリフで始まって!あの発想力がチームサプライズの魅力です。今大会も、ミスがなければ表彰台もあったかもしれませんが、(技の難易度を上げ)安全パイで行かないところもまたチームサプライズだなと思いました。
Team Surprise (Team Sweden 1) ☞ 拡大 enlarge
アメリカは、5000人のシンクロ競技人口を誇っています(全米選手権地区大会出場選手の集計より ※日本の選手権出場チームは2つで、選手権クラスの競技人口は毎年40人弱)。国内での競争が激しい中で選手達が切磋琢磨され、精鋭のシンクロスケーターがトップチームに選抜されています。
(今大会出場チーム成績:ヘディネッツ Haydenettes 7位、マイアミ大学 Miami University 8位)
Haydenettes (Team USA 1) ☞ 拡大 enlarge
10年前(旧採点時代)までのワールドは、曲のタイトルも表現も衣装も「分かりやすいプログラム」が多かったです。でも最近では、上位チームほど、プロジェクション(企画/構成/演出)が凝っていてシリアスな「大人な演目」になってきています。今大会も、マリーゴールド・アイスユニティーFS"Images of War(戦争の情景)"、チームサプライズFS"Human Equality(人権の平等)"等がそうでしたね。
——文芸性があって、エンターテイメントとして楽しめます!
上位チームになればなるほど、特色を打ち出しチームカラーを表現し切る、という争いになってきました。数年前には、新採点のルールに追われてどのチームも同じような演技になってしまった時代もあったんです。それが、例えばクリエイティブエレメンツ(シングルのコレオシークエンス同様、レベルが固定されている)で「いかに魅せるか」を各チーム競うようにもなりました。独自性を促すようにルールも変わってきましたね。チームも独自色を意識してきて、競技そのものの質が上がっています。
2010年頃ももちろん迫力はあったのですが、エッジの深さであるとか、技術面で今のほうが進化しています。ルールが変わってきて、その中で凌ぎを削っていくうちに、個の技術とチーム力が両方上がってきたと思います。
——今大会はインターネットで生中継され、「スポーツと総合芸術のエンターテイメントだ!」と、シルク・ドゥ・ソレイユファンには歓喜の連続でした(笑)
(笑) エンターテイメントのレベルも、他カテゴリーのトップに負けないぐらい考えていると思います。表情まで合わせていますから。シンクロはエンターテイメントへの取り組みも早かったと思います。
日本の神宮アイスメッセンジャーズグレース(12位)は綺麗にまとまっていました。3年以上シンクロを経験している選手も多いので、チームとしての落ち着きが出て来ましたね。チームの雰囲気も良くチームワークを感じました。
ただ、トップチームに比べるとスピードや迫力に欠けていたので点が伸びなかったと思います。体格としても線の細さを感じました。スケーティングスキルもありユニゾンもあるので、もっとパワーをつけて演技を大きく見せられるようにと願っています。
Jingu Ice Messengers Grace (Team Japan)
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【外国チーム代表として出場した日本人選手】
15年世界選手権出場選手成績
花本悠選手・ネクシス(カナダ)1位|木内千彩子選手・サプライズ(スウェーデン)5位|内田靖子選手・シュープリームス(カナダ)6位|小川真理恵選手・ヘディネッツ(アメリカ)7位|橋田佳那選手・ベルリン1(ドイツ)10位
——ISUの試合では外国籍選手枠が「4」あり、今大会では日本人選手がトップ10のチームで5名活躍していました。シンクロが五輪種目になれば、日本人を含め外国人選手達の五輪出場はどうなるのでしょうか?
IOCのシンクロナイズドスケーティングのレギュレーションが出ないとなんとも言えませんが、おそらく「国籍を持っている選手」しか出場出来ないでしょう。過去のユニバーシアードもそうでした。「1シーズン同じチームに所属する」というISUの規約を考えると、シーズン途中で自国のチームに戻ることは不可能ですけれども、シーズン前に戻ることは可能です。でも、この規約も2年ごとに変わり、2016年には変更されるかもしれません。
ただ、この「選手の流動性」が今の競技の向上に繋がっています。トップチームは外国人選手を呼び込むことでコンペティティブになってきた側面もあります。それを踏まえると、五輪の前のシーズンまで移籍を認める方向になるのでは、と個人的には見ています。
中には、オリンピック出場のためなら「国籍を変える」という意志を持っている選手もいますね。
——日本人選手達はどのような思いで海外チームに所属されているのでしょうか。
海外の試合に出場していくうちに「このチームに入って演技したい」と憧れを持って、それで海外に行く選手もいますね。「もっと上のレベルで挑戦したい」とか「学んだ技術を日本に持ち帰って教えたい」とか、モチベーションは人それぞれですけれども、裏を返せば「日本の環境が十分ではない」ということだと思います。
海外のチームは常時1週間に10時間以上の練習が出来るのですが、日本では3時間とか⋯合宿体制でないと10時間以上は取れません。
——今大会のワールドで神宮アイスメッセンジャーズグレースはトップチームに次いでの12位でしたが、日本のもう1チームの東京シンクロナイズドスケーティングクラブ(旧・東京女子体育大学)が人数不足のため全日本選手権を欠場しました。シンクロを続けていくことは大変なのでしょうか。
シンクロを続けるには、『気合い』が要りますね。シングルとは違って集団行動で、集団に対して責任も果たさなくてはいけません。より自分を律していくことが求められます。日本のシンクロスケーターは大半がシングルで育っています。そういった面で、強いチームを形成するのはハードルが高いです。
練習事情や世界の中での日本のレベルを考えると、「トップを目指したい」という選手は海外に行くと思います。よっぽどシンクロが好きで「日本で広めていくんだ!」と志して⋯"シンクロに惚れている"人じゃないと頑張れない、そういう環境なんですよ。
シングルのスケーターをシンクロに呼び込むのは、そのような難しさがあります。一方で、「シンクロスケーター」を子供達から育てるのも、とても高いマネジメント能力を要求されると思うんです。
1チーム16人以上いて、選手の親御さん・トレーナー・コーチングスタッフから成る大所帯のチーム運営は一人でまかなえるものでもありません。練習時間を取るためのリンクとの交渉や全員のスケジュール調整、成長段階の子供を育てることも大変です。
シングルであれば、お母さんと子供さんが頑張ればどこまでも上がって行ける可能性があるのですが、シンクロは『シンクロの土壌』がないと難しいです。
強豪国は、元々スケート大国とかシンクロの古豪なので、連盟のシンクロへの支援体制もしっかりしていて、チームや指導者にも長い経験があります。日本は組織立って何かをやるという面でまだ発展途上で、強化体制を検討していくワーキンググループの活動も始まったばかりです。日本の2チームの先生やコーチングスタッフといった関係者一人一人の個人が、ここまで日本のシンクロを支えてきました。
私はマイアミ大学(世界選手権出場常連チーム)にチームマネジメントを勉強しに行っていたのですが、その当時のコーチが「指導者を育てるスキーム」を作り上げていました。卒業生をコーチングスタッフに入れて修行させた後、別の大学のコーチにするんです。海外では、「チームやジャッジを増やすことが大事である」という認識が強いです。ところが日本では、シンクロ経験者でジャッジやテクニカルパネルといった資格保有者は数えるほどしかいません。
——過酷な状況で日本がずっと世界トップ12位前後を守っているという、その健闘は知られていませんね。
あれだけ制約のある中世界でこの順位を保っているのは、ある意味「日本人だからこそ」という気もしますね(笑)
2009-10シーズンは、チームサプライズでワールド優勝経験のある星野有衣子コーチ(当時27歳)を中心に限界まで挑戦したんです。構成もサプライズのコーチにお願いしました。厳しい練習に耐えて臨んだワールドのフリーで(自己最高位となる)9位に入り、本当に健闘しました。ワールドのフリーはピークでした。
神宮アイスメッセンジャーズグレース2010年世界選手権
SP 10位:61.72|FS 9位:105.76|総合 10位:167.48
全てで自己ベストを出し総合でも自己最高位の10位。強豪国10チームの牙城を崩した。
FS"医龍"
『日本』や『日本のシンクロ』のこころが詰まった渾身のプログラム。日本人ならではの身のこなしと間合(まあい)のハヤサを、ヒップホップを取り入れた踊りと万華鏡のような隊形変化として魅せる。小刻みなエッジワークやターンを彩る上半身の振付には、日本人の繊細さが光っている。上下動や逆回転のモーションを見せつけるステップ(No Hold Element)では、一人一人のスケートが際立ち、強い個が一丸となり威力を増していく。未完成な瞬間にも挑戦者の情熱が見える。鋭利と柔和という日本の両極の美が打ち出された演技は、演技構成点で7点台まで伸ばした。日本のシンクロの独創性や未来を感じさせるフリーとなった。(魅せ場のステップは、シングルでも見ないほどの革新的なカッコよさ!×16人!)
アシスタントコーチ:星野 有衣子*(「グレース」元・日本シンクロナイズドスケーティングクラブ)
構成:アンドレア・ドハニー*(トランジション)、星野 有衣子(ステップ)
振付:西山 味鈴、星野 有衣子
*星野 有衣子:チームサプライズに4シーズン所属し優勝2回準優勝2回
*Andrea Dohany:チームサプライズ コーチ兼振付師
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⋯でもこの健闘には、大きな犠牲を払ったと思います。
——頑張り過ぎ、ですね。
どこまで練習で追い込むのか、バランスを取ることは難しいです。
頑張りに気付いてあげないと、選手達もモチベーションとしてかわいそうなので⋯理解者を増やしてあげたいですね。
——ここで知って頂きましょう!
シンクロを知ってもらうことがなければシンクロの地位も上がらないので、『シンクロの普及』も急務です。20年ぐらい前のシンクロは個々のスケーティングスキルも要求されなかったので、日本ではシングルと比較すると地位が低い印象を持たれていると思います。
世界トップチームの演技を会場で観たことのある方も、競技関係者を除けばいないと思うんです。今大会で日本はトップチームと60点ぐらいの差をつけられている、その違いは映像では分かりにくいのですが、生で観ると迫力やスピードやエッジワークの違いとして見えてきます。リンクに降り立った時の"雰囲気"が明らかに違うんですよ。「チームとしてのオーラ」が。それを直に観てはじめてシンクロの凄みが分かると思うんです。
——今大会のインターネットの生中継でもかなり伝わったと思います!
映像を超える感動がやはり会場にはあるので(笑) (次の)オリンピックムードも高まっている中どうにか、試合を主催する機会も設けていきたいですね⋯
——シンクロワールドを日本で!
⋯となると、出場選手だけでも16人、コーチやスタッフを含めると1チーム30人が×25チーム、応援に来る家族も含めて「6000人の会場の1/4を関係者が占める」ことを考えると、その運営をしていくだけの経験もまだ日本にはないんです。国際試合のオーガナイジングをしたことがないので。
——「1000人以上」の関係者のオーガナイズ⋯
ホテルもどうするんだ、という(笑) シンクロが盛り上がっている国々ではシンクロ界が中心となって運営出来ているのですが、日本では誰が運営すれば出来るのだろうという現実的な問題もあります。
ワールドは海外でテレビ中継されていますし、世界では選手もメディアも「シンクロを普及していこう」と動いているので、日本もそれを追いかけていきたいです。
——フィギュアスケート自体は、今は日本が一番収益を見込めるので⋯
これで日本の順位が上がって来れば、と⋯