
Pigeon Post interviewed Tatsuki MACHIDA 町田樹選手 @ Kansai University in Senriyama 関西大学千里山キャンパス.
thanks to: JAPAN SPORTS for photos, PAJA for illustrations
by AIKO SHIMAZU 島津愛子
May 29, 2014 in Osaka
2013-14SP"East of Eden" @ 2014 Worlds
フィギュアスケートの技を全て作品の表現として捉え、スポーツ×アートという独特の競技性を、心身と精神の修練として楽しんでいる才人。天性の動作の速さ・スポーツマンシップ・学術や芸術への探究心が同居する神秘。——とは、ソチ五輪テレビ中継dボタンコンテンツの町田樹選手の紹介です。
書いていて、我ながら「架空の人物じゃないか?」「別世界からの使者みたい」と思いましたが、御本人はとても人間味のある方なのです。
今回のインタビューでは、是非、あったかい町田樹選手にも触れて下さいましたら幸いです。どうぞ御一緒に!
(13000字を2ページに分けました)
前回2013年11月の取材はこちら ☞ P1〜P3 (16000字)
PP: 前回のインタビュー(11月)で致命的な忘れ物がありまして、そこからお願いしたいんですけど⋯ショート"エデンの東"が、未曾有のコンセプトプログラムであるという点です!
スタインベックのエデンの東で、旧約聖書・創世記(Book of Genesis)の言葉 timshel を紐解くという文脈が物語と並行しているように、町田樹選手のエデンの東も、ギリシャ彫刻的でクラシックなポージングが、全体のコンテンポラリーの流れに混交するように組み込まれていて。コンセプトは御自身で着想されたということで、振付のミルズさんにはどのようにオーダーされたのでしょう?
TM: 作品を制作するまでの経緯としては⋯僕がフィリップ・ミルズ先生に持っていったのは、エデンの東の音源と、コンセプトである、小説に出て来る【timshel】という一つのキーワードと【サリナスの地に吹く風】。それを表現したいということを伝えて、フィリップ先生が僕との話し合いを経て形にして下さったので、フィリップ先生による功績が言うまでもなく大きい。僕が「ここの振りをこうしてくれ」というオーダーはしてないですね、もちろん。それをするくらいだったら自分で振り付けてるし。「自分で創れる」と思って形になったのが"白夜行(昨シーズンのエキシビション)"だし"Je te veux(新シーズンのエキシビション)"だから。
TM: ジョン・スタインベックはアメリカの文学者であり、聖書が小説のモチーフになってます。僕は日本人でクリスチャンでもない⋯フィリップ先生がクリスチャンかどうか分からないけど、アメリカ人だからこそ、より分かることってあるから。timshel に関してもスタインベックの小説に関しても。(聖書の引用は、信心という面だけではなく、文学にも日常にも文化的に根付いている)
僕の考え出したコンセプトとフィリップ先生の解釈があれば、多分素晴らしい作品になるだろうなという確信はあったので。
PP: 昨年6月のインタビューの時点で「僕のスケート史上最高傑作」「乞う御期待」って言われていましたね!11月のインタビューで「僕が考えるに、この曲で・このコンセプトで作品を制作出来るのは、フィリップ・ミルズ、あなたしかいない。」というラブレターを送られたというお話も出ましたが、そこでフィリップ先生がエデンの東を読まれることによって、スタインベックの小説の手法が持ち込まれて、振付の多元的な構造が生まれた、というか。
TM: はい、かと言って、スタインベックのエデンの東を氷の上で演じているのかって言うとそれはまったく別物で、僕自身の物語だから。
PP: 「町田樹が町田樹を表現してる」と言われていましたね。
TM: 僕自身をさらけ出している⋯「ありのままの」⋯ま、最近歌が流行ってるけど(笑)、それこそ、(♪Let It Go〜的な腕を広げる振りで)ありのままの自分を氷の上で表現している(笑)
PP: (笑) 「怒りの葡萄」や他のスタインベック作品からもインスパイアされつつ。
TM: いろんなことから学んで、コンセプトを導き出しました。
PP: ターン等で流々と描写されている「サリナスの風」がプログラム全体に吹いていますね。
TM: 僕はエデンの東に描かれた時代(20世紀初頭〜第一次世界大戦後)には生きてないし、もちろんサリナスの丘にも行ったことはない。にも関わらず、スタインベックの筆力によって、僕の脳内には鮮やかにサリナスの景色だったり、そこに吹く風、サリナスの地に咲く花、草木⋯その情景が鮮明に浮かんだわけです。それを氷の上に描けたらなと、もう一つのコンセプトに据えて、会場——さいたまスーパーアリーナのあのおっきな会場でさえも——遠くの席はほんとに遠いですから、あそこまでサリナスの風を感じて頂けるような作品にしたかった。
PP: 全日本でも世界選手権でも、さいたまのスーパーアリーナがサリナスの丘になってましたよ!
私も肉眼で観るまでこのプログラムの真髄に到達しなかったんですけど、そのサリナスの風に、ギリシャ彫刻みたいなポージング、旧約聖書のイメージが7箇所⋯7箇所は入ってるんですよ!
TM: (笑) そうですか?
PP: コンテンポラリーとクラシックが溶け合ったような最後のポージングにかけて、小説同様に2つの流れが結ばれている。ゴダールとかフェリーニとか⋯映画がお好きな、シネフィルの方に見てほしいです!
TM: うん。
PP: って、御自身のことだから、凄みを感じられてない様子なんですけど!
TM: (笑)
PP: これまでのフィギュアスケートにも、テーマ色の強いプログラムはあったと思いますけれど、構造からコンセプトに成っているっていうのは⋯
TM: それはだから、フィリップ先生がフィギュアスケート界出身じゃないということが大きいですよ。彼はまず新体操の世界に身を置き、ABT(American Ballet Theatre・ニューヨーク 世界5大バレエカンパニーの一角)に行き、今があるわけだから。「ギリシャ彫刻みたい」っておっしゃってくれてるけど、それは新体操から学ばれたということもあるでしょうし⋯分からないけど。フィリップ先生の人生が反映されてますよね、全体的に。
PP: フィリップ先生の人生と、町田樹選手が出会うことで、
TM: そう、僕とフィリップ先生の化学反応というか、マッチングだと。
PP: そうですよ!ほんっとに、パフォーミングアートとして最先端のコンセプチュアル振付が×最高峰の技と共に×勝負の世界で展開されていて。それらを同じ時間軸で体験出来るのは、フィギュアスケートしかないですし。フィギュアスケート界の歴史に刻まれる作品だと思いますよ。
TM: そう言って下さると本当に幸せですね。まあでも、"エデンの東"は世界選手権でも金(ショート1位のスモールメダル)取りましたから。フィリップ先生の御尽力のおかげです。
PP: フィリップ先生も世界選手権のショートの後、樹さんに拝まれてましたね。今度はフリーで町田樹×フィリップ・ミルズのコンセプトプログラムが見たいです!
TM: はい。
PP: ⋯っていうのを、11月のインタビューに入れなきゃいけなかったんです!
TM: (笑) 大分時間が経っちゃったけど。
PP: (笑) 半年遅れですけど、こちらを踏まえて今一度皆さんに世界選手権ショートの"エデンの東"を御覧頂ければ、と願っております。
2013-14SP"East of Eden" @ 2014 Worlds
PP: そして11月のインタビューの続きですが、ちょうどそのインタビューの後頃から(ロシア杯以降)コンディションを崩されたようですね。
TM: うーん⋯やっぱり、昨シーズンは例年になく試合数は多かったですから。試合が適度にあれば、そこにバイオリズムが合うようにコントロールして持っていけるんですけど、試合数が多過ぎてバイオリズムどころじゃない、と。
PP: 疲労が取れない。
TM: そうです、「調整」も出来ないから。試合が終わったらまた次の試合、っていう連戦による疲れとか精神的な疲れとか、その疲労からくるパフォーマンスの不調⋯「疲れた→パフォーマンスがうまく行かない→精神が疲れる→余計疲れる」っていう悪循環。この routine (一連の流れ)から抜け出せないんですよ、連戦だと。落ち着けないから。(流れを)遮れないんですよ。
PP: リセット出来ないんですね。
TM: 休めないし、リセットする時間もなかったから。ほんとに大変でしたよ、全日本までは。
PP: その中でも、夏に「こうしたい」と言われていたように、「ピラミッド(広い土台)の上で技術が安定」していましたね。
TM: その routine があったにも関わらずここまで出来たっていうのは、お話ししましたようなオフシーズンの取り組み(「凡事徹底」「原点回帰」「アポトーシス」)が功を奏した、ということでしょう。
PP: 全日本の前に、一歩も動けない状態に陥ったと伝えられていましたが。
TM: それは大げさだけど(笑)、ほんとに練習が出来るような状況じゃなくて。(微笑みをたたえて、深刻さを見せないように話される樹さん)
身体がむくんじゃって⋯空気椅子1分間やったらそりゃ足が疲れますよね。あれが常にって感じ。
PP: 「ぷるぷる」で?⋯全身が?⋯
TM: (にこやかに)そうそうそう。そんなんで練習出来るわけないし。
PP: それをどう持ち直されたんですか?
TM: それを緩和させるために、もちろん整体やマッサージもあったんだけど⋯そこが「人体の不思議」で、
PP: 「人体の不思議」で?(笑)
TM: 要は⋯「火事場の馬鹿力」とか(笑)、ああいうことですよ。イコールじゃないけど。
PP: 「(しんどさを)忘れた」って感じですか?
TM: いいえ、辛いのは辛い。その中で動かしていったんだけど、強い思いがあるから出来たわけで。ここまで歩んで来て⋯全日本、さらにその先の未来を求めてここまでやって来たわけだから、ここで負けたら意味がないし。そういう思いだけですよ、「ここで諦めたくない。」
PP: ⋯治らない状態で全日本に入ったんですか!?
TM: もちろん。
PP: エェーーーーーーーッ⋯
TM: (笑)
PP: ⋯(驚愕でぷるぷる)そ⋯そんなの誰も聞いてないじゃないですか!せ⋯先生ぐらいですよね?
TM: (軽快に)そうそうそうそう。インタビューでもまったく触れなかったし、靴の問題もあったから。それを「表に出さない」ことによって——自分の中で消化して「表には大丈夫と言う」ことによって、自分に言い聞かせるんです。「自分は大丈夫なんだ」と。マインドコントロールですよね、この感じは。
PP: (震撼)
TM: (笑) だましだましというか、そうやって強く進んで行かないといけない状態だった。
PP: 全日本の本番は四回転3本を含むジャンプエレメンツも全て決まって、ショートもフリーも歓喜の出来映えでしたけど(2位)、公式練習はどうされていましたか?
TM: 練習も最低限のラインを保ってたかな。
PP: じゃあ、ほんっとうに、「ピラミッドの上で技術が安定」してましたね!
TM: それもだし、「自分自身の研究」。いつも調子が良い(in-form)わけじゃないし、決していつもコンディションが良い(in good condition/shape)わけじゃない。むしろ、1年の中で8割はコンディションが悪い。その置かれている状況の中で自分が出来る最大限のパフォーマンスだったり力を出せるかというのを常にオフシーズンから考えて、いろいろ試行錯誤したり自己分析してたので。
PP: それにしたって、「全身ぷるぷるの全日本(ソチ五輪代表選考会)」⋯「ひぇえええ」ってなりますけど⋯
TM: (笑) 皆そうですよ、あの時期はキツイ。特に(グランプリ)ファイナル出てる選手は。
TM: やっぱり、人間気持ち次第だし。⋯それこそ timshel でしょ?
PP: !!!
TM: =「自分次第」なんですよ!
PP: うんッ!
TM: 「コンディションは最悪だ、このコンディションでは現実的に考えて(代表は)無理だ」と思うのも自分だし、「いや、ここで諦めずにしっかりやったら、必ずこのコンディションでさえ何かつかめるはずだ」と思うのも自分だし。『全て自分次第』っていうことを、昨シーズン、すごく自分に言い聞かせたんです。timshel はショートのコンセプトだけじゃなくて、僕の昨シーズンの歩みのコンセプトなんです。
僕はシーズン前「第六の男」と呼ばれて、当時「オリンピックに行くのは難しい」と言われている中で⋯僕もそう思ってたし、
PP: !?
TM: ほんとに!⋯でも、まず自分が変わらないと、というか、自分が本気で行く気にならないと絶対に行けないし、なおかつ「自分が行ける」ということを強く信じて歩んで行かなければいけないなと。「無理だ」って諦めるのと「いや、でもこれはトライする価値があって、一生懸命やればその先があるかもしれない」って思って頑張るのも自分。全部自分次第なんです。
なにもショートプログラムだけで timshel というコンセプトを体現しようとしたんじゃなくて、昨シーズンの僕の歩み、生き方を通して体現したかったという思いは強いですね。
PP: それはアスリートならではの社会へのアプローチというか⋯日々の営み自体が尊い作品になるというのは、皆さんの励みになりますね。
町田樹選手の timshel は、(スタインベックの解釈である)「You may(古語でThou mayest)」じゃなくて、もっと強い「You can」って感じですね!
TM: そうそう、かもしれない(may[可能性がある])だとどっちにも振れますから。出来るか出来ないかじゃなくて、「出来る!やる!」そう思い込まなきゃ。
PP: シーズンに入ってからというもの、だんだん「ビッグマウス」ということが取沙汰されてきたんですけど⋯(英語の bigmouth はおしゃべりで噂好きという意) 自分はそれに違和感があるというか。Pigeon Post では昨シーズンの町田樹選手の試合の演技後のコメントをほとんど持っていないので、報道されていることの全容が見えないっていうのもあるんですけれど。御自身では「ビッグマウス」と思われていますか?
TM: いや?
PP: ですよねー!(笑)
TM: (笑) 僕は昔から不言実行型だし、
PP: ですよねー!!
TM: (笑) だから、それもさっきの全日本の前の話と同じですよ、「マインドコントロール」。目標を紙に書いて玄関に貼ったりっていう取り組みがメディアで紹介されたんですけど、目標を毎日見たり毎日言うことによって弱い自分を切り伏せていく。全日本の前に「身体も限界です」「もしかして失敗するかもしれないです」と言うのは弱い自分の表れだし、「失敗してもしょうがないか」っていう弱気の表れでもある。それを切り伏せるために「(自分自身に対し)そうではない」「僕は出来ますよ」と提示しておく。要は、強気に語って、逃げ道を作らない・自分をしっかり追い込む。
PP: 肉体だけではなく精神も追い込むために!
TM: もう僕は目標なり何なりを公言しませんよ、それは心の内に秘めて。ソチオリンピック出場と世界選手権出場という目的は果たしたので。「ビッグマウス」を戦略で使ったのは昨シーズン限りってことです。
PP: J SPORTSさんのコラムで、近藤琢哉さん(慶應義塾大学2014年卒「ルパン近藤」)に解説をお願いしてソチ五輪の出場選手紹介をさせて頂いたんですけど(ニコッと頷かれる樹さん)、
☞ 「日頃フィギュアスケートを見ないスポーツファンにルパン近藤が語るソチ五輪フィギュアスケート男子日本代表選手紹介」(on J SPORTS)
こちらが「樹さんは以前からこういう⋯学術芸術への探究心がほとばしる、知の大海、みたいな方でしたか?」と琢哉さんにお伺いすると、「いや、今もってこうなったわけじゃなくて、独特な世界観が積み上がって今に至ってる」って!(笑)
TM: (笑)
PP: 私としても「(アポトーシスの後)羽化して変身したんじゃなくて、順調に熟成されていってるだけなんだ!」って一安心したんですけど(笑) 「町田語録」っていうのは「せっかくだから気の利いたことを言おう」みたいなショーマンシップの表れなのかな、と想っていました。シーズンに入ってから結果も残されてきて、注目度がさらに高まったので。
TM: あー、どうでしょう⋯昨シーズンは、戦略的にそこを強調して言ってた部分はありますよ。もちろん、オリンピックの代表選考で一番大事なのはスケートの能力なんだけど、オリンピックは世間の注目度が違うから、一概にそれだけで説明出来る大会ではない。その不確定要素を埋めようという戦略ですね。「自分への期待値を上げる」という。僕がオリンピックに出る、でも世間一般の方が「誰それ?」ってなったら、あまりよろしくない(笑)
PP: (笑) ブランディングみたいに、発言の場を活用されていたんですね!
TM: (笑) そうそうそう。
PP: こちらのPigeon Postのインタビューにしても、あるいは囲み取材で掲載している記事も、トーク文ですから、受け答えの中の文脈や行間も読めるんですけど、語録だけが奇異の目で切り取られている、そういった報道への違和感もあります。
TM: 僕の言ってることにはコンテクスト(context[文脈・背景])があるんですけど、世界選手権の時の「羽生選手をぶっ潰す」発言⋯
(ショート1位からフリーで羽生結弦選手に逆転され、僅か0.33ポイント差の2位になった直後、両者揃ってテレビの生中継のインタビューに登場。【町田: 次は負けないぞ☆ 羽生: 僕だって負けないですぞ☆ お茶の間: どっちも負けるなー♪】な展開の即興ミニコント中の発言だったが⋯)
PP: (笑) あー、「おもしろ」として受け取って頂けませんでしたかね⋯
TM: そこだけ切り取るとラジカルだけど、インタビューのコンテクストとしては過激ではない。でも僕は、そう捉えられることをも予期して、発言なり自分自身のプロモーションをしていかないといけないんだけど、ほんとは。
PP: せっかくのショーマンシップだったのに⋯
TM: (笑) うん。
PP: ねー⋯(哀)
☞ 「未知なるフロンティア」のコンテクストも読める、ソチ五輪関大壮行会でのインタビュー(1月、高橋大輔選手と共に)
Tatsuki MACHIDA & Yuzuru HANYU @ 2014 Worlds